2016年12月03日

憲法学習会に参加して

アフリカの南スーダンに自衛隊が武器をもって出発しました。江南のMさんの息子さんは青森部隊と聞いたけれど、どうしたのでしょうか。心配です。
11月から12月にかけて、熊谷市内では、日本共産党後援会主催で「自民党改憲草案」の問題点について弁護士からお話を聞きました。「9条の会・熊谷」は、現在の憲法ができたときに文部省から中学校の教材として出された「あたらしい憲法のはなし」を輪読して感想を出し合う会を開きました。私たち自身が憲法を学び、憲法には何が書かれているのか、今の憲法改正の動きのどこが問題なのか学ぼうという動きが熊谷市でも始まってきたのです。

「あたらしい憲法のはなし」には、「憲法の前文は憲法の考え方が記されているので条文を前文と違う解釈をしてはいけないし、これから先憲法を変えるときには、前文に書かれてある考え方と違うような変え方をしてはいけない・・」とありました。
その前文には、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることの内容にすることを決意する」など平和への強い思いが全体に流れています。「もう二度と戦争だけは嫌だ」という当時の人たちの叫びが聞こえてくるようです。それなのになぜ?安倍政権は戦争の道に行くのだろうか。

国民が望んでいるとは思えない憲法の改憲、しっかり学んで騙されないようにしたい。学習会の参加者の誰かが言ってました。「私たちは憲法を守る。憲法は私たちを守る」と。

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posted by くるみさん at 21:45| 活動レポート

2016年11月19日

自民党改憲草案の問題について学習会

今日、自由法曹団の小屋野弁護士を講師に学習会を行った。
・現行憲法は国民主権が貫かれていて、常に「国民」がまず出てくるが、改憲草案は「国」である。
勤労・納税・教育を受けさせるという3つの義務が、国防の義務をはじめ多数の義務が定められている。
・9条2項の削除で、戦力不保持と交戦権を放棄し、平和主義からせんそうを行う国へ変えること。

・私が今回の学習会で改めて「ソウナンダ」と学んだことは、24条の「家族助け合いの義務」です。
家族は互いに助け合わなければならない・・・当たり前のことですが、家族の中で抱えきれないこと、例えば介護や病気や生活苦などなどを「家族で」と強調されることはどうなんだろうか。個人の人権が大切にされる世の中になりつつあるのに、「家族」が優先されるのだろうか。生活保護受給でも、家族や親せきへの追及が厳しくなっている。これでは、社会保障という考えは切り崩されていくのではないか・・・・。憲法には個人の人権より家族だよ・・とあるではないか!と、だから家族で何とかしなさい!と。

国民の幸せのために国がしなければならないことを憲法には書いてある、はずですよね。それなのに変えようとするのは許せない。

posted by くるみさん at 20:49| 活動レポート

2016年11月16日

小学校区にある長野県松本市の福祉ひろばや公民館

11月8日 日本共産党熊谷市議団で松本市の福祉ひろばを視察しました。
旧村単位を基本に小学校区単位以上の35地区に分かれて福祉ひろばが設置されています。(小学校は27校)
福祉ひろばは、同じ敷地内に公民館や体育館、保健センターなどのいずれかが併設され、ネットワークが図られています。2名のコーディネーターが市の費用で雇用され、高齢者や子供たちのために毎日計画が組まれています。
当日は午前中に「寿地区福祉ひろば」を見学しました。
75歳以上対象に「声楽家の歌に触れよう」と健康ひろばが行われており、たくさんの方が楽しんでおられました。初めて来たという女性が、「楽しかったよ。また、よろしくね」と私たちをスタッフと勘違いをして帰っていかれました。民生委員やボランティアの方、運営を担っている委員さん(自治会長か兼ねていることが多い)も参加していました。
寿地区は、12の町会を持ち、各町会には公民館があり、福祉ひろばの出前事業も行われているということでした。子どもたちと高齢者で昔の遊びを行ったり、乳幼児の子育ての学びには保健師もかかわり、様々な事業が組まれています。

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 午後は「鎌田地区福祉ひろば」に行きました。
ここでは、自宅にこもりがちな男性を外に出そう!と「スポーツボイス」に参加した昨年度の卒業生が集まっていました。「スポーツボイス」は、腹式呼吸を音楽にあわせて行った後、英語の歌をコーラスをするというプログラムです。60代から70代の男性が汗をながしていた。1年間の活動の中、家族から「性格が明るくなった」「笑うことが増えた」と言われたと話してくれました。今年度は、自分たちも活動を続けながら、2期生の支援を行っているとのことでした。

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視察を終えて
まず、小学校の数より福祉ひろばが多いこと、福祉ひろば専用の建物があること、各福祉ひろばはいくつかの町会を有するが、町会ごとに公民館があり、出前の形で活動が展開されていることに驚かされました。
地域ごとに自主的に内容を決めながらも、コーディネーターとして職員が配置されていることが継続できる要因であると思います。松本市のように町会ごとに集まるところがあり、それをまとめる機能が小学校区ごとにあれば、高齢者は集まりやすく、地域のつながりができると思う。ボランティアも横でつながることができるのではないだろうかと思います。
 熊谷市では、少しずつではありますが保健センターを4か所から2か所に、シルバーも拠点を減らしたように、一点集中の方向にあります。地域の出張所の廃止の方向にもあります。しかし、まだ間に合うように思います。廃止するだけでなく地域の拠点をいかに作っていくのか、考えていきたいと視察を終えて強く思いました。
posted by くるみさん at 21:51| 活動レポート

2016年11月07日

手話言語条例の制定に向けて

 手話を言語に・・・熊谷ろう者協会からの請願を受けたことをきっかけに熊谷市議会でも条例制定にむけて動きが始まった。とはいっても、各会派から1名か2名の代表を出して、有志の検討する会がスタートした段階である。共産党議員団からは私が参加した。
 これまで前橋で条例制定にかかわった金沢大学教授が援助してくれるということで、今日も来てくださった(ボランティアで)。ろう者が阻害されてきた歴史、障害者差別解消法ができた今は、この法律との関係でどうするのか、ろう者協会や熊谷市、手話サークル、その他関係団体との意見交換の必要性、県条例があるのに市段階での条例制定の意味などなど話が弾んだ。
 今日の決定は、制定に向けて話し合いを進めていくという一点のみ。
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     昨年の秋の写真
posted by くるみさん at 21:48| 活動レポート

2016年10月31日

核兵器禁止条約、国連で交渉へ           しかし、日本は反対した!

10月27日、国連総会で、「核兵器禁止条約について交渉する国連の会議を来年招集する」という決議案を圧倒的な賛成で採択しました。うれしい、また、当然のことだと思います。これまでの被爆者の方の訴えが届いたのです。
しかし、日本は反対したのです。世界で唯一の被爆国である日本が。恥ずかしい、悲しい態度ではありませんか。アメリカが反対だからですか?情けないです。広島や長崎にどういう顔をして出向くのでしょうか。

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posted by くるみさん at 22:10| 活動レポート

2016年10月24日

11月より、体育館の個人開放日が増えます。

6月議会一般質問で取り上げていた「市立体育館のスポーツの日」が拡大されます。
つまり、個人で使える日が多くなったということです。稼働率を調べた結果、市民体育館以外の体育館は余裕があり、増やすことができました。
たくさんの利用があるといいなあ。

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posted by くるみさん at 22:43| 議会だより

2016年10月22日

政務活動費は税金だから

 政治資金パーティーで白紙領収書を受け取り、自ら金額などを記入していた、菅義偉官房長官、稲田朋美防衛相、高市早苗総務相の3閣僚。 富山市議会では、政務活動費で領収書の偽造が行われました。「世間には通用しない」との声が沸き起こりましたが、当然のことです。同じ議員として考えられないことです。

 熊谷市議会議員の政務活動費は、個人に年額18万円、会派に一人19万円。領収書はもちろん一円から必要です。電話代やパソコンなどの機器代も3分の1は使用できますが、「議員」と「私人」の線引きが難しいものは、政務活動費からの支出は控えています。私の個人分政務活動費は、議会報告の一般紙折り込み代でほとんど使ってしまい、残りはいろんな新聞や本代、研修会参加費の一部に充てます。共産党議員団会派分は、議会報告作成費、研修代が主なものです。ホームページには、報告が載せてありますが、まだ、詳細については情報公開の手続きが必要です。これからも議会改革が必要ですね。
 先日、鳥羽市議会に視察に行きましたが、議会報を見てびっくり!議員の納税状況まで一覧になっていました。徹底的に公開する議会の姿勢、取り入れたい気持ちがいっぱいです。

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posted by くるみさん at 19:48| 活動レポート

2016年10月17日

議会運営員会で視察・・議会改革とタブレット端末

遅ればせながら視察報告です。
10月5日、6日に、議会運営委員会で三重県亀山市と鳥羽市に「タブレット端末の導入・活用について」視察をしてきました。2つの市に共通しているのが、@ペーパー書類を減らすのが主たる目的ではないこと Aタブレット導入にあったって、経費を抑える努力がなされていること B議会改革全体の取り組みの中で導入していること、でした。単なるタブレット端末の導入だけでなく、議員一丸となっての議会改革を熊谷市でも!と切に思う視察でした。

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posted by くるみさん at 20:29| 活動レポート

2016年10月02日

太田松茸道中 歓迎行事に参加

第27回太田松茸道中が、本日行われました。
太田市の若い皆さん約100名が、刀水橋を渡ってきたときには気持ちが高揚しました。
多くの方に見せたい!と思い、写真をいっぱい取りました。
来年はぜひ!
松茸道中は太田市が主催ですが、東京まで行ったことや、熊谷市役所まで行ったことがあるそうです。
しかし、出迎えがなく、というか連絡してなかったようで、聖天山までになったそうです。
出迎え行事は23回目なので、妻沼町から始まっているんですね。

太田市のホームページより「太田松茸道中」を紹介します。
 太田は江戸時代の初期から徳川氏と深いつながりをもっていましたが、その関係を強めていたものの1つに、金山産の献上松茸がありました。
 松茸の献上は、寛永6年(1629)に始められたと言われています。当時太田は、館林城主、榊原氏の領地で、金山からは上質な松茸がたくさん採れたそうです。榊原氏はこれを三代将軍徳川家光に献上したのです。
 松茸は9月頃から11月にかけて金山の山中に生えました。この時期は多数の番人が見張り小屋で警備にあたり、松茸が生えてくるたびに1本1本記録するという細かいものでした。
 いよいよ献上の日になると、松茸は竹かごに詰められて妻沼へ、さらに大宮、浦和を経て、江戸城まで送られました。輸送時間は約20時間と伝えられています。この驚異的な速さは、松茸の鮮度を落とさないためでした。
 献上の本数は少ない年で382本、多い年で2892本というように、年によって大きく開きがありました。
 ともあれ、松茸の献上はおよそ240年という長い期間続けられました。幕府崩壊後は一時行われなくなりましたが、その後皇室への献上という形で再開され、昭和39年(1964)まで続きました。
 現在では金山の松が古くなるなど、環境が変わってしまったことから松茸は採れなくなってしまいましたが、金山の献上松茸は太田の近代史を飾る上で、極めて大きな役割を果たしたのです。
 太田松茸道中は、この献上松茸を大名行列風にアレンジし、行程も江戸城ではなく熊谷市妻沼までに短縮し、再現したものです。


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posted by くるみさん at 19:27| 活動レポート

2016年09月24日

「平和のための埼玉北部戦争展」はすごい!

今日、熊谷市、緑化センターで行われている、「平和のための埼玉北部戦争展」に足を運んだ。
毎年、毎年、工夫を凝らして、実行委員会を組んでみんなで、実施している戦争展。
秩父ユネスコの高校制による朗読劇は、本当に感動した。すべて高校生が考えた内容で、画面に映し出される絵や、流れる音楽もすべて高校生が手掛けた。何より、金子淘汰さんの本を読み、そのうえで質問内容を考え、金子さんに会い、シナリオを書いたそうだ。トラック島での戦争体験を肌で感じながら。お兄さんを通して治安維持法で苦しんだ大野英子さんという女性にも話を聞き盛り込んであった。
展示物も、手作りが多く、勉強しながら作り上げている。学びが、平和への力になることを確信する。金子兜太さんは「平和は作るもの」と言っているそうだ。
明日まで行っていますよ。

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posted by くるみさん at 23:28| 活動レポート